-大好きを生きる-
子供の生活の中には「大好き」がたくさんあふれている。
雨上がりの虹、蟻の巣、タンポポの綿毛…
みつけると飛び上がって喜んで、飽きもせずにいつまでも見惚れている。
幼い子供は過去を悔やんだり未来を愁いたりしない。
今この瞬間だけが全て。ワクワクやドキドキがいつも一緒にいる。
子供が側に来てくれるまで「大好き!」という感覚をあまり意識しないで暮らしていた。
だが気付いてみると、時間に追われているような生活だって「大好き」の欠片はたくさん転がっている。
「ねぇ、大きくなったら何になる?きっと、大好きなものになれるよ!」
3歳にも満たない娘をつかまえて、耳元で囁いてみる。
娘は嬉しそうに「いもぶし(梅干)になる!!」と笑っている。
「そっか!すんご~く長生きしたらなれるね」と私も笑う。
「大好き」は幸せの種かもね。
大事にしてるといいことがあるよ。
娘に語りかけながら、私は自分の幸せの種を探してみる。
広島県の東側にある小さな町の小学生だった私は、前の晩に夢で見たことを友達に語り、そこから物語を創ったり、お芝居を演じることに夢中になって毎日を過ごしていた。
親友の葉子ちゃんは天性のアーティストだったので、私が創る怪しげな物語を見事な表現力で絵に描いて見せてくれた。
放課後の教室は、私や葉子ちゃんの創作のアトリエ。
ふたりで飽きる事なく、純白のペガサスに乗って夢の中をフワフワ漂っていた。
「文学少女的傾向が強すぎます。要注意!」
小学校5年生の1学期、私が担任から渡された通知表には、赤字でそう記されていた。
進級の時、葉子ちゃんとは別のクラスになってしまったものの、一向に私の目は醒めない。教師はそんな私が気持ち悪い存在だったらしい。
突然自宅にやって来て「お宅の教育は大丈夫か」と母に詰め寄った。
今ならこの時の教師の気持ちは、多少理解できる。
私は現実と非現実のバランスがとても悪い。
空想の世界にドップリ浸り始めると、現実が物凄く疎かになる。
40歳を超える年齢になっても、その点はあまり成長していない。
「だって、好きなんだもん。こういうの」
そう、好きだから仕方ないのだ。
6年生に進級してクラス担任が変わった。
しかし、担任が変わったからといって私の評価がそうそう変化するはずもなく、相変わらず通知表には「空想的な言動や作文は面白いが、勉強も頑張りましょう」と書かれた。
卒業式も近付いてきたある日、謝恩会でクラス別の出し物をすることになった。
イベントとなると別人のようにエネルギーが湧き上がってくる。
「お芝居、芝居やろ!」私は叫んでいた。
それから後、クラスメイトをどうやって口説き落としたのかは記憶に無い。
ただ、その夜一晩で台本を書き上げ、翌日には教壇に立って配役を割り振り、演出を買って出ていた。
「珍版・ロミオとジュリエット」
シェィクスピアの悲劇が原作だが、脚色してコメディーにした。
両親が自分たちのことばかりにかまけていたため、イジケて育ったロミオと過保護に育てられた我がままお嬢さん、ジュリエットの物語だ。
主役のふたりとジュリエットの両親はみんな男の子が演じた。
その他の配役も男女の役割を入れ替えたり、ピーという笛の合図で、バスガイドと観光客がぞろぞろ登場したりする、ハチャメチャなお芝居だ。
時間にして20分。
謝恩会の本番で、これが、ウケタ。大爆笑だった。
観客の反応で出演者の演技も乗ってくる。
終演後、拍手が鳴り止まなかった。
私は舞台の袖で、クラスメイトと抱き合って喜んだ。
学校長が飛んできた。
「君!濱田くんか。素晴らしかった!!この学校の歴史始まって以来だ!」
校長は私の肩をガシっと掴んで揺すった。
小学校入学以来、初めて校長に褒められた。
そして、卒業式の日。
担任の先生が驚くほどの強さで私の手を握りこう言った。
「濱田さん、私はこの1年間あなたを見ていて正直言ってあなたという人が解らなかった。何を考えているのか全く理解出来なかった。ごめんなさい。ちゃんと見てあげられなくてごめんなさい」先生は驚く私に、深々と頭を下げた。
「あなたはね、この道を行きなさい」
「この道?」
「そう、大好なことをして生きて行きなさい」
胸の鼓動が急に早くなった。
「はい、この道を行きます」
私は答えていた。
あれから30年も時が過ぎた。
「せ、先生。この道って、いったいどの道のことでしょう…」何度もそう思った。
迷いっぱなしのこの道。
だけど、本当に好きなことを生きていいのだと勇気を与えてくれた先生の言葉は、今でも私を根底から支えてくれている。
親友の葉子ちゃんは、世界的に評価されるイラストレーターになった。
私のファーストアルバムのジャケットも彼女の作品だ。
そうだ、娘には胸をはって伝えよう。
「大好き」を生きるのは、とても幸せなことなんだよ。
辛いこともあるけどね。
それでも、とても幸せなんだよ。
葉子ちゃんは言った。
「ねぇ、もう一回芝居やりなよ。まさか、あの謝恩会で才能を全部使い果たした訳じゃないでしょ」
全部とは言わないが、かなり使ってしまったかも…
はった胸が急にしぼんでしまう、私なのだった。
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